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2008年08月31日

回転寿司屋.JPG

久しぶりに回転寿司屋に入った。
春からだから4~5ヶ月ぶりだ。
私もこういうところを、結構利用して・・・
   

最初の頃は、子供たちが喜んでいたので
連れて行ったもんだが、最近は、
安いこともあり、業者の人たちと行ったり
お客様と行ったりして、便利だ。

まず、安いこと。1皿100円である。
安くてもまずくはない。
いや、庶民の味しか知らない私にとっては、おいしい。
それから、好きな物(ほとんどにぎりすしだが)が食べられる。
そして、一番いい事は、自分の食べたい量だけ食べられること。

これだけ四拍子そろったお店は、やっぱり回転寿司屋
ということになるのでは、と思う。
私は寿司が好きだからいいけど、もし、寿司が嫌いだったら
ここも、いやな店という事になるだろう。

でも、土日の夕方ともなると、30分以上は待たされる。
待ってでも、食べたいと思う。

それにしても、このシステムを考えた人はえらい。
かなり、儲かっているんだろうなあ~。

アサヒビールの工場見学に行ったって、何の発想も
浮かばない私には、夢のまた夢なんだろう。
 
  
        

2008年08月30日

樹脂製キャップに穴発見.JPG

あるところのお客様より、「見て欲しい物がある。」
と言われて、行ってみた。
「屋上の手すりに穴がある、」と言う・・・
       

その部分は、キャップの部分だ。
アルミの手すりと言えども、柱のこぐちを塞ぐのに
使われているのは、アルミではなく、樹脂でできた
薄いふたのようなものである。

皆さんもご存じのように、外に置きっぱなしの
樹脂製の物がぼろぼろになっていたのを経験
したことがあるでしょう。

最近は、耐候性のある樹脂もありますが、
元々紫外線や熱に弱いものです。

特に、屋上ですので、どの方向からも陽にあたり
風にも雨にもいつもさらされて、非常に過酷な環境です。
だから、このように穴が開いてしまっても仕方ないでしょう。

それで、このキャップを取り替える提案をさせてもらい、
O.K.を頂きました。
後日、正式に見積書を持ってくることを約束して帰りました。

    
     

2008年08月29日

かべ大将の見本.JPG

夕方から、いつもの勉強会があった。
今日のテーマの一つに、
インテックス大阪で開催される耐震博覧会に
各社個別のブースを出すか、どうするか・・・
    

「無料なら出しとけ!」
と言いたいところだが、やっぱり費用がかかる。

宣伝のためには、当然出した方が
いいに決まってるけど、費用対効果である。
今、わが社にも遊び金がある訳でもない。
だから、慎重にならざるをえない。

資金に余裕があれば、「試しに、やってみるか!」
という具合だろう。そうすれば、何らかの結果が出て、
また、前進することが出来る。
企業とはそうあるべきなんだろうな。

でも、そう簡単に答えが出せない今の状況である。
まあ、わが社だけでなく、他の所も同様ではないだろうか?
それで、みんなから慎重な意見が飛び出してくる。

結局、このテーマは結論が出ないまま、終わった。

集客の問題でもあると思う。
それも、仕事につながる有効な集客だ。
今すぐに結論がでないから、しばらく考えてみることにしよう。


     

2008年08月28日

夏休みの宿題に必死.JPG

子供たちの夏休みもあとわずか。
「工作がまだできてない。」
という悲鳴に・・・
   

近所の子供たちのリクエストに
答えて、「電動糸のこで、何かを作ろう」
という事になった。

どこの子供も一緒だ。
うちの子供も小学の時、夏休みの終わりがけに
慌ててたのを思い出す。

そのうちの子は今年、高一になったが、
やっぱり同じで、今になって一生懸命
宿題をやっている。

小学の時と違って、もう親が口を出して分かるものでも
ない。内容が難しくて親の方は手が出ないのだ。

実は、子供の勉強を看ることが出来るのは、
小学までだった。中学の問題さえもう分らなかった。

内容は分からないから、周りから見てるしかない。

習字や読書感想文は、いつになっても同じで
最後まで残っているみたいだ。
始業式まで、あと数日しかない。
また、徹夜になるのか?

出来具合は別にして、一応、課題は全てやり遂げて
ほしいものだ。


    

2008年08月27日

この小さな溝に大きな鯉が泳いでる.JPG

今日は、おばあちゃんの一人暮らしの
お宅に行った。
まあ、最近は、別に珍しい話ではない・・・
      

元気なおばあちゃんが増えたような気がする。
80を越しても今なお元気である。

実際、私がお会いするのは、元気な人だからこそ
こうやって、会えるのだ。
病気だったり、寝たきりだったりしてる人は、私と
会う機会が少ないのである。

会う時は、大抵、介護のための工事の時である。
そして誰かと同居している場合が多い。

旦那さんが亡くなると、俄然、女性は今までの
重しが無くなったみたいで生き生きとするのである。

旦那のために3度3度ご飯を作る必要もないし、
好きにしたらいいのだから。

それで、今日のおばあちゃんは、週に1度、
梅田のデパートに買い物に行くそうだ。

いつも同じ店で、一週間分の買い物をするのが、
楽しみだそうだ。その時には、娘さんを呼び出して
荷物を持ってもらうらしい。

旦那が生きてたらこんなことはたぶんしてない事だろう。

女の人は、実に上手に、生きている。
      
追伸
このお宅の前の溝に、大きな鯉が泳いでいた。  
    
    
     

2008年08月26日

ぶどうを腹いっぱい.JPG

今日は、自治会のみんなで行く遠足だった。
私たちも、こういう仕事だから、なかなか
遊びに出かけることが出来ない・・・
    

いつでも、自由が利きそうにみんなに言われるが、
なかなかそうはいかないのが、自営のつらいとこだ。

それで、地域の人たちと交流のため
という事で去年から参加している。

参加者は、ちょうどバス1台くらいである。
平日という事もあり、ほとんどが、おばちゃんである。
それでも、退職後の暇つぶしに来ている男性も5~6人いてた。

たぶん、よくチラシ等で9800円の日帰りバスツアー
とかいうやつも、こんな雰囲気なのかな?

このくらいの年代になってくると、半分女性を捨てているので
さほど、気になるものではないが、若い女性ばっかりだと
逆にそれも困ってしまう。

話は本題に戻って、どこへ行ったかと言うと、神戸市立
フルーツフラワーパークというとこだ。
こんな所がある事すら知らなかった。もう15年も前に
出来ているらしい。

遊園地あり、プールあり、花いっぱいあり、果樹園あり、ホテルあり、
総合レジャーランドみたいだが、やっぱりちょっと物足りない。
市立だからなのか?
少し楽しむんだったらちょうどいいかも知れない。

私たちは、昼から果樹園の方に行き、ぶどう狩りをした。
梨もあったけど、梨は何個も食べれないなと思い、ぶどうにした。

にもかかわらず、ぶどうもひと房食べたところで、
そこそこお腹がいっぱいになってしまった。
(そりゃあ、昼食を食べてからここに来たのだから。)

こんなひと房ぐらいでは元が取れないので、
なんとしても、もっと頑張らなくては。

それでもやっと、ふた房ぐらいだ。
「こんな所へ来て、元を取ることばっかり考えていたのではあかんやろ。」
ぶどう狩りをする経験料を支払っているのだろうから。値段だけの話なら、
近くのスーパーに行った方が、お金も時間も少なくて済む。

そんな綺麗ごとより、やっぱりもっと頑張って食べなくては・・・

やっぱり、腹いっぱいで、もう食えない。
    
        
    

2008年08月25日

初めてのメダル.JPG

北京オリンピックも終わった。
普段、それほどスポーツに関心が
あるわけでもないが・・・
    

オリンピックという一つのお祭りが終わって
しまうと、何となく寂しい。

自分自身、賑やかなお祭りに参加するのは、
好きではない。それなのに、終わると寂しい。
賑やかなものを否定する自分と、賑やかなものを
求める自分と、二人がいるみたいだ。

今度のオリンピックで期待通り、いい成績を残した人もいれば、
期待はずれな野球もある。
でも、その中で興味深かったのは、400mリレーである。

日本人は、持久力を求められるマラソンは割とましみたいだが、
瞬発力の短距離はどうも苦手みたいだ。
その中にあって、メダルをとったというのはすごいことだ。

たまたま有力国が予選落ちして決勝を迎えたもんだから、
ちょうど幸運の女神が日本にほほ笑んでくれた。

だから、何事も諦めずに、一生懸命にやれば、いつか報われる。
という、いかにも日本人が好みそうな話である。
それに、朝原選手はなんと36歳でよくあれだけ走れるものだ。
これで引退するんだったらうまい具合に有終の美を飾ったものだ。

朝原選手の奥さんも大層喜んでおられたみたいで、傍から
見ていても、いいもんだなと思った。

このメダルが、これからの人生の糧になるんだろう
幸せそうで、本当によかった。
    
    
       

2008年08月24日

前の車が見えますか?.JPG

今日も又、豊田へ行ってきた。
いつも、名阪国道を通って、
伊勢湾岸道路へと行く・・・
    

名阪を走っている人は、
知っているだろうが、関の手前に
二つトンネルがある。

そこで、私がいつも気にしている事がある。
それは、通行している車が、ヘッドライトを
点けているかどうか、ということである。

なんだ、そんなことか?
と思われた方もたくさんいらっしゃるだろう。
私も、「そのこと」に気が付くまでは、
全然関心がなかった。

最近は、たいていのトンネルでは、照明が
設備されているので、真っ暗なことはない。
だから別にヘッドライトを付けなくても、道路が
見えないことはない。

ある日の事、トンネルを走っている時、今まで全然
後方に車がいることに気が付かなかった。
それは、ライトを付けてくれてないから、暗がりに紛れて
はっきり確認できなかったのだ。

そりゃあ、目を凝らして見ればわかるだろうが、
その時は、何となく運転してたので、わからなかった。

それで、その時に気が付いた。
「ヘッドライトを点けるのは、自分が見やすいためだけでなく、
周りの人に自分を知ってもらうためなんだ、」という事。

そう言えば、トンネルの入り口にライトを点灯するように表示してある。
トンネルでヘッドライトを点けてない人は、若い人に多いみたいだけど、
それは、「ライトなんか点けなくても、俺は運転できるぞ!」
という主張をしているようにみえる。

今までライトを点けずにトンネルを走っていた人は、
これからは、みんなのために、ライトを点けて下さいね!
    
    
     

2008年08月23日

珍しいキリギリス.JPG

近所の人が、キリギリスを持って来てくれた。
私も、しばらく見てなかったので・・・
    

「珍しいものを、ありがとうございます。」
と言って、ありがたく頂戴した。
私が、虫や魚など、好きなことを知ってて、持って来てくれたのだ。

キリギリスは、夏休みによく土手の葛の葉っぱの
間にいたのを採った思い出がある。

鳴き声は、なかなか言い表せないけど
この声を聞くと、あの夏のくそ暑い土手を網を片手に
走り回ったのを思い出す。

あわせて、ガチャガチャと鳴いていたクツワムシも
思い出すが、あれは余計に暑く感じてしまう。
だから私はやっぱりキリギリスの鳴き声の方が好きだ。

夏の虫と言えば、みんなはカブトムシやクワガタを
言うだろうが、私にとっては、キリギリスである。

鳴き声を聞いていろいろなことを思い出す
ことができるキリギリスは、やっぱりいい。

いま、事務所の中で鳴いている。
        
 
      

2008年08月22日

京都リサーチパーク.JPG

これから住宅に係る者として大変
重要な事柄についての説明会が
あるので出かけてきた・・・
   

今回の説明会は、大阪でなく京都であった。
私たちは、京都に行こうが、大阪に行こうが、
よく似たようなものだ。
それで、非常に都合がいい。

その講習内容は、家を買うお客様を保護するための
保険の話である。

2000年に施行された法律で、家を買うお客様を
守るようになっていたけれど、その売主が、いなくなって
しまったらどうするか?

そこまでは、ちゃんと法律で決まってなかった。
それで、全業者が保険に加入するか、供託金を納めるか、
二つに一つになった。

それが、2001年10月1日以降引き渡し物件からである。

普通の工務店は、供託金を納めるほどの余裕はないだろうから、
ほとんどの工務店が保険を利用することになる。
その保険に加入するためには、着工前から手続きをする
必要があるから、気を付けて下さい。
と、いう感じかな。

私たちは、元々こういう補償のための保険みたいなのに
入っていたので、制度としてめちゃくちゃ変わる訳でもなさそうだ。

私が驚いたのは、以前からある保険みたいなのに、
入っていたのが4割にも満たないという事だ。
私たちは、当然みんなも入っているだろうと思って、
入っていたもんだから、それを聞いてびっくりした。

東京方面で、耐震偽装問題でもめた時も、結局
不動産会社が倒産してしまい、購入者がばかをみたと
いう話ではなかったか・・・

今度こそ、ぬかりのない法律になっている事を願う。
   
    

2008年08月21日

トラックだらけ.JPG

また、例の豊田まで息子を送って行った。
帰り道、いつもの御在所サービスエリアで
休憩した。お盆の時とは違って・・・
    

停まってる車の種類が、トラック一辺倒に
移り変わってしまっていた。

お盆の13日にも、同じように、そこに停まった。
その時には、やっぱりお盆らしく帰省する家族連れや、
遊びに出かける若者たちで、いっぱいだった。

レストランの方も、いつもは閉まってる時間帯なのに
お客さんも大勢押し掛けていた。
いろんなところに、人々が、うろうろしてた。

いつも、お盆や正月になるとこういう風に、
人出が多くなり、サービスエリアなどが賑わう。
この現象が私は、どういう訳だか、好きだ。

みんなが楽しそうに、談笑している風景や、
ちょっとした緊張感は、私をウキウキさせてくれて、
又やる気にさせてくれるのだ。

だから、そういう時は運転も苦にならないので、
他の人に代わってもらう事もなく、たいてい、
往きも帰りも私が運転する。
楽しいことがずうっと続けばいいと願いながら・・・

今日は、当たり前であるが、「盆も終わり、通常に戻ったんだ、」
この駐車してあるトラックの列を見て、改めて感じた。
    
   
   

2008年08月20日

黄色のガードレールは、山口だけ?.JPG

旅の間、見たものがもうひとつ。
それは、道端のあのガードレール・・・
   
 

普通、道路にあるガードレールは、白い。
私は大阪に住んでいるが、どこも白い。
たまに、地方にも行くが、ガードレールは、白い。

ところが、山口県のガードレールは、黄色い。
この件は、よく、テレビのバラエティ番組でもやっている話題だ。
その中で、土木課の人が言うには、「ガードレールが目立つようにした、」
という事だったように記憶している。

だから実際に、目立つのかどうか、見極めたかった。
今回、ずうっと山口の道を走ってみて、その答えは
「白の方がいい」である。

科学的にどっちがいいのか知らないが、私の感覚で言えば、
昼間はどっちでもいいが、夜は白の方がよく目立つように思えた。

それにしても、山口だけ色が違ったら作るメーカーも邪魔くさいやろうな。
費用の方は高いのか、安いのか?

最初、黄色のガードレールを発注した山口の役人は勇気があったなあ!
何でも右に倣え、前に倣え、そして前例がない、役人はこの言葉しか
知らないと思っていたら、他の言葉も知ってたのかな。

まあ、効果はどうであれ、地方地方でモノが違うというのも
旅をしてる者にとっては嬉しいことだと思う。

モノが、今住んでるとこと一緒だったら、わざわざ時間とお金を
かけていく意味がないよね。

これで旅のはなしは、おしまい。?
   
    
    

2008年08月19日

金子みすず記念館2階のテルの部屋.JPG

童謡詩人「金子みすず」  

私にはあまり馴染みのない名前だが・・・
   

家内が行ってみたいということで、
仙崎まではそう遠くはないので行ってみた。

仙崎と言えば、私の母の故郷であり
そしてなんと言ってもおいしい蒲鉾があるところぐらいか。

仙崎に入る手前から、結構案内標識が出ている。
金子みすずに対する自治体の力の入れようがうかがえる。
果たして、その人気はどうだろうか?

記念館に入ってみると、お盆という事もあってか、
ゆっくり見れないほど人が多い。
私の予想以上の人気だ。圧倒的に女性の方が
多く、熱心に作品や資料に見入っていた。

みすずの生家は、父の死後、文房具なども置いている
本屋さんを営んでいたみたいだ。(金子文英堂)
その2階には、みすずの部屋が復元されていた。(上の写真)

1903年 仙崎に生まれる(本名 テル)
1920年 大津高等女学校卒業(答辞を読む)
1923年 兄の結婚を機に下関に住む
      ペンネームみすずの名で雑誌に投稿を始める
      西條八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と称賛
1926年 上山文英堂店員と結婚
      長女ふさえ誕生
1930年 離婚
      上山文英堂にて死去(享年26歳)

私は、本とか、文学とかに縁のない者なので、
どれほどの価値かは解らない。
でも、みすずの自然に対する見方が、私より
素直で、自然だなと思った。いい意味で、
自然現象を裏から見ているように感じた。

わずかの時間だったけど、みすずの世界
触れられたような気がした。

外に出ると、その周りには、みすず人気に
あやかって関連グッズを売ってる店などもあった。
あっちこちから人が来て、少しだけ文学に触れ、その勢いで
物を買ってくれて商売になれば、それはそれでいいと思う。 
   
これで、今回の旅は終わりにしようと思う。
    
  
     

2008年08月18日

秋芳洞から出てくる冷気はすごい!.JPG

私たち、結婚して23年経つが、
家内は、一回も私の生まれ故郷に
行ったことがなかった・・・
    

それで急に思い立って、墓参りを
兼ねて生まれた所に、行ってみることにした。

住んでいたのは小学2年まで。
だから45年くらいも前のことだから記憶も薄い。
まして、子供の目線での記憶だから、今見ている
物と全然違うはずだ。道路も新しく、広くなった。

まず、距離感は記憶と全く違う。
小さい頃、手にけがをして診療所まで母の背中で泣いていた、
あの道のりは何処へいってしまったのか?

遠くに行って蝉取りをしたはずのお寺も道を曲がれば、
すぐそこにある。
何もかも、すべてが変わってしまっている。

いろいろと、位置関係を思い出そうとするが、
夏草も気ままに茂って、結局、生まれた家のあった場所は
確定できないまま、秋芳洞に向かった。

入り口で切符を買って、門を入った。
するととたんに、物凄い冷気がやって来て、汗をかいた体を
心地よく包み込んでくれた。まるで、冷蔵庫の中に
入ったような気がした。(実際には、経験ないけど)

まだ秋芳洞の入り口まではまだ50mくらいあるのに、
物凄い冷蔵パワーがあるんだなあと感じた。
洞の中の気温は、年間を通して15℃くらいらしい。

洞の長さは、おおよそ1㎞もあるらしい。
何万年も何百万年もかかって出来る鍾乳石は、
人が考えることを超えている。
何んとも素晴らしいものだ。

しばらくして、元入った入口に戻ってきた。
そして、洞の外に出たら今度は、生暖かい空気に
まとわり付かれていやだった。

入る時には、あれほど気持ちよく迎えてくれたのに、
出る時には、いやな気分にさせた。

洞の気持が気まぐれではなく、年中一定であるから
人の方が、その時その時で相対的に感じ方が変わっているのだ。
脳みそは、自分の頭に付いているから、自分を基準に判断している。

そしてそれを記憶している。しかもその時の基準で。
子供から大人になり、今の目線でしか、物を見ることが出来ない。
子供の時に見た、あの景色はもう見ることは出来ないね。

どうだろう?
田舎は、本当はひとつも変わってないのかも知れないね。
   
   
    

2008年08月17日

海の色がすごくきれいな角島大橋.JPG

田舎から少し西の方に行くと、
角島がある。そこに架かる橋が
とてもきれいという事なので・・・
   

ちょっと足を伸ばしてみた。
1時間ぐらいで着いた。

写真は前に見ていたのだけれども、
やっぱり現物を目の前で見る素晴らしさは、
この上ない。

特に、海の色のきれいさにびっくりした。
少し緑がかった色は、なんとも言えない
いい色だ。好きな色だと思う。

大抵、このようにきれいな橋は有料であることが
多いのだが、ここの場合、生活道路として
使わざるを得ないから、一般道になって
いるのだろう。

昔のことは知らないが、たぶん、島民のための
渡し船が必要だったろうから、その代りに橋を架けた、
という事だろう。

その橋が、たまたま?きれいな橋になった、
という事なのか?

自然も素晴らしい。でも、
自然の中の人工建造物も、良いもんだと思う。

もっと、どんどんこういうきれいな景色を残して
いって欲しいと思う。
   
   
    

2008年08月16日

変わった飾り付け?のお地蔵さん.JPG

美祢インターチェンジを出て北の方角をめざして
走った。地図を見ながら近くまでは行ける。
家内は、本当に大丈夫か?と心配顔・・・
   

記憶のない墓が見つかるのか、こっちも全然自信はない。
現地まで行ったら思い出してくるのか、
それともさっぱり分からないのか?

45年も前に通ってたはずの小学校の前を
通過した。少し行くと兄の言う鳥居のところだ。
左に曲がってみる。まっすぐかも知れない。
とりあえず、行って捜すしかない。

しばらく行くと、二股になってる。
とりあえず、今度は右に行ってみる。
すると、爺さんと婆さんが二人そろって不思議に
この山道に座っていた。

聞いてみようかと思ったが、
でも何となく気が進まず止めた。
少し行くと行き止まりだった。

こっちには墓場らしい所がなさそうなので、
Uターンした。さっきの二股を反対の方に行ってみた。
今度は両側から木々が茂ってて、道が暗い。
でもその先に、ぽっかり空いた青空にたくさんの墓石が見えてきた。

ここだろうか?ここならいいが。
たぶん、この墓場だろう。

とりあえず中に入って、捜してみる。
どの辺に墓が建っているか分からないので、
順番に石に刻まれた名前を捜すしか方法はない。

ちょうど、お盆なので墓参りに来てる人たちが数組あった。
その人たちから見たら、我々の動きが不思議に見えたことだろう。
それを、気にしている場合ではない。
自然の山の斜面にある墓場だから、足もとが非常に悪く歩きにくい。

それでも、運よく半分もいかない内に、我が家の名前が刻んだ墓石を
見つけた。裏とかに書いてる名前も覚えのある名前だ。
家紋も一応、似てる。これに、十中八九間違いないだろう。

墓を見つける事が出来て本当に良かった。
ほっとした。
線香をお供えして帰った。

一部の墓には、今まで見たことないような、緑、赤、黄の短冊を
笹につけてお供えしてる。というよりは、飾り付けをしたような
感じだ。禅宗の関係かも知れない。よく分らん。

それにしても、不思議だなあ~。
全然記憶もない所なのに、「鳥居の近く」という事だけで、
よく見つかったなあ~。
墓石もちゃんと建ってて良かったなあ~。

これも、ご先祖様が、我々を導いて下さったのかな?
  
  
   

2008年08月15日

讃岐うどんは、本当においしい!!.JPG

大した情報もないまま出かけたが、
高速道だけは、と思いインターネットで
調べた。するとその中に・・・
 

広島を過ぎたあたりから、「広島岩国道路」の方に
行って、またその後は、山陽自動車道に戻る
様に書いてあった。

それで、実際もうそろそろかなと、道路標識を気にしながら、
走っていると、左が「広島岩国道路」と出ていたので
そのまま言葉通り、左に進路をとった。

そしたら方角が全然違う方に行くので、
これでおうてるのか?と思いながら走っていると、
自然と出口に行ってしまった。

なんでや?

我々は、進路を間違ったのである。
確かに、「広島岩国道路」は、左と書いてあった。
「広島岩国道路」に違いはないが、出口ではないか!
出口なら出口と標識に書いてほしい。

まっすぐにも、「岩国」とだけは、書いてあったけど。
もっと、ちゃんと表示してほしいものだ。

ぶつくさと、文句を言いながら2号線を走っていると、
宮島という標識があったので、左に行ってみると、なんか
ものすごく混んでて動かない。
どうやら今日は、海上?花火大会があるらしい。(納得!)

このままでは、目的地(墓場)に着かないので、また国道に戻った。
そこに、うどんの看板があった。
昼も近かったし、何となく入った。

でも、そのうどんは予想以上においしかった。
あまりにおいしいので、食べかけやけど、写真を撮った。
讃岐うどんは、安いのにおいしい。
今度は、おいしい讃岐うどんを食べに行こうかとも思った。

さっきまでの、道路の件は、どうでもよくなった。
  
    
   

2008年08月14日

山陽自動車道白鳥パーキング辺り.JPG

世間はお盆休みみたいだし、
私も、ちょっと遠出をしてみよう・・・
   

というか、本当は・・・

子供達も、もう親と一緒に行くのがいやみたいで、
家で留守番する方がいいと言ってついてこなくなったので、
急きょ海水浴をやめて、墓参りでも行くか?
ということになった。

家内の実家は、宇治田原なので毎年行っている。
私の実家は、こっちに移ったが墓だけは、昔のままに、
生まれた田舎にある。

山口県大津郡油谷町向津具下
これが市町村合併される前の住所だ。
今は、長門市になっている。

でもここで、重大な問題がある。
それは、私は、墓のある場所も知らない。
行く道も知らない事だ。

今ある情報は、6~7年前に行った兄が覚えていた「鳥居」と、
30数年前に私が行った時の「記憶」しかない。

墓を捜し出せるかどうか一か八かでいいと思って、
とりあえず夫婦で出かけた。
    
    

2008年08月13日

ガソリンが高い!.JPG

お盆やし、どっか遊びに行こうかと
ガソリンを入れに行った。最近は、
高いので、あまりガソリンを入れない・・・
   

要するに、満タンにしないようにしてる。
満タンにすると、重たいから少しでも
燃費が悪くなるかも知れないから。

いつも、半分ぐらいしか入れないから
ガソリンスタンドに行く回数が増えて
邪魔くさいような気もする。

でも、私と反対に、常に満タン、車に乗った日には
必ずスタンドに行って、満タンにしとかないと、
気が済まない人を知っている。

その人は、休みとかに乗るというような話ではなく、
車で仕事に出かけるのである。
だから、ほぼ毎日である。
私には、絶対真似のできることではない。

今は、仕事の関係で宝塚の方に引っ越しされたけど、
近所にいらっしゃったときには世話になった人だ。

今も、依然と同じように、満タンにされているのだろうか?
こんな風にこれを書いてると、ふと昔の人の事が
思い出された。

ちなみに、今日満タンにしたら、なんと1万円を超えた。
改めてガソリンの高さに驚いた。
   
    
    

2008年08月12日

なかなか持って来なかったマンゴーパンケーキ.JPG

今日は珍しくファミレスで食事した。
仕事の帰り、普段はあまりそいうところは
入らないのだが、何となくそんな話になった・・・
   

それで、よくわからないから、
セットみたいになっているやつを
頼むことにした。

メニューがいっぱいあるので、他も見ていると
マンゴーの乗ったこれがおいしそうだったので、
思い切ってこれも頼むことにした。

店の人を呼んで注文すると、
「デザートは、いつお持ちしましょうか?」
と聞いてくれたので、定食を食べ終わるころに
持って来るように言った。
「かしこまりました。」いい返事。

でも、定食を食べ終わっても、持ってくる気配がない。
それで、親切にもベルを鳴らして店員を呼んだ。

これで、すぐ持って来るかと思いきや、
待っても待っても出てこない。

こっちが催促したあの時点から、メリケン粉を
混ぜてるのではないか?
いやいや、小麦を植えてるところではないか?
マンゴーをスーパーに買いに行ってるのではないか?
と、言い合って、半分遊びながら時間を待った。

それにしてもおかしい!
大体の食べる時間ぐらい分かるはずやから、
それを見越して作っといてほしい。

こんなに時間が空くんやったら、
「つづけて持って来て」と、言えば良かった。

あっと、それから
マンゴーは、スーパーに買いに行ってたのではなく、
在庫の缶詰やったみたい。
  
   
  

2008年08月11日

神戸の地震について語る.JPG

ちょっと興味深い話が聞けると
いうので、聞きに行った。
内容は、地震に関するものだった・・・
    

まだ、記憶に残っている神戸のあの時の
地震の話である。

大地震が起きてしまうと、たいてい救助の話とかに
なってしまうが、そのことは、犠牲者の数をあまり減らす
事にはならないらしい。

自衛隊とかの救助の手が少しでも早く差し伸べられれば、
もっと助かる命があったのではないか?

この疑問は、誰もが持つ当たり前のことであろう。
そして、遅いよりは早い方がいいに決まっている。
だが、大きく捉えてみると、その答えは、NOである。

その答えは、当時の監察医のグループが持っていた。
なんと、犠牲者の9割の人は、地震発生から15分以内に
なくなっている。という驚くデータがあるのだ。

だから、どんなに早く駆けつけようが、最新の技術で
人を見つけようとしても、もう既に遅いのである。

確かに、70時間も80時間も経ってから、無事に救出された、
というニュースは感動的だ。
でもこれは、極まれなケースである。

結局、自分の命を守ってくれるのは、自衛隊ではない。
この今住んでいる我が家に、他ならない。
最悪、家は壊れても、下敷きになったりして
命を落とすことだけは、避けたいものだ。

この大阪も近い将来、大地震が確実に来ると言われている。
ひょっとしたら、明日来るかもしれない。
もうすぐ、お盆なので里帰りされる方も多いでしょうが、
帰省中に運悪く起こるかも知れません。

おじいちゃん、おばあちゃんの家は大丈夫だろうか?
とかくお年寄りは、耐震工事なんて必要ないと思っている。
今まで生きてきた証とそれに基づく現状維持の考えである。
   
だから、ここで若い人たちが思い切った言葉を発しないと、
何も変わらない。    
     
「この家は、危なくて盆や正月に遊びに来れないよ!!」
  
  
  

2008年08月10日

伊勢湾岸道路.JPG

今日の日曜日は、車が多いな、
と思った。やっぱり盆休みに
入って、どっか行くんだろう・・・
   

いくら、ガソリンが高いからと言って
この盆に道が空くことはないだろう。

そう思いながら、豊田の方へ午前中走った。
やっぱり思った通り数珠つなぎ状態の箇所が
多かった。

ところが、昼から帰ったのだが、結構空いていた。
大体午前中に動くから昼からは、少し空いて
きたのかな。

ちょうど名古屋港の橋の上での写真を撮った。
周りに車もいないし、橋を吊っているワイヤーが
放射状に伸びているのも面白いので、撮った。

それから、名阪国道に入ると、やっぱり混んでた。
おっちゃんのバイク隊もいてた。
これから盆にかけて出かけることが増えるだろう。  
    

2008年08月09日

このお宅の玄関が開かない!.JPG

今日、土曜日でたまたま昼に、
事務所に戻ってたら、昔のお客様より
電話があった。「うちに入れない…」
    

おまけに、携帯電話も忘れて出かけたらしく、
近所で電話を借りたらしい。

なんやかんやして、玄関は、開いたけど、
どうも鍵の動きが硬い。

それで、2時間近く、受け金の方を少しずつ
動かしたり、シリコンスプレーをかけてみたり、
しながら内側の突起を指先で動かすもんだから、
もう指先も痛いし、嫌気がさしてきた。

そこへちょうど鞍馬天狗のごとく、サッシ屋さんが来てくれた。
最初に電話しといたから、それでやって来てくれたのだ。
でも、作業しながら話を聞いていると、今日は休みだったらしい。

「悪いことを、したなあ~。」と、思いながらも、やっぱり
「来てくれて、良かったあ~。」と、つくづく思った。

もし、来てくれてなかったなら、たぶん
「これで、様子を見て下さい。」とか言って
鍵が硬いまま、帰るしか手がなかった。

でも、来てくれて、悪い箇所を見つけてくれた。
さすがプロの目だなと、感心した。
「そうか、これが悪いのか、これを取替注文せなあかんのか。」
と、私は思った。でもそのプロは、
「そんな注文は、しなくていい」と言う。

見てる間に、右のものを左に、左のものを右に入れ替えて
しまった。それでちゃんと、軟らかくなった。
またまた、感心してしまった。

普通には、気がつかないことでも気が付くのがプロだな!

お客様も気を良くしてお茶をごちそうしてくれた。
お土産に、畑で作ったトマトを貰って帰った。
今日の儲けはトマトだ!
  
    
  

2008年08月08日

関西ペイント工場.JPG

大阪建築士会の誘いで工場見学に
行ってきた。
私としては、もう少し・・・
  
 

工場内を30分くらい廻っただけだったので、
もうちょっと見たかったなあ~と感じた。

もっと、「ものづくり」としての見せ場はないのか?
そこを私は、見たいと思った。

一応、見学者が来たら説明するための、
ボード的なものは、あったが、あまり面白くない。

企業秘密であまり見せることが出来ないのか?
一般の人が立ち入ると危険なのか?
それとも、ここには、そのような見せ場は元々ないのか?

さつま揚げを作るような訳には、いかないだろうけど、
見て面白い工夫はないものなのか?

色なんていうものは、割と目によく見えるので、
これとこれを混ぜたら全然違う色になった、なんていうのは、
どうだろう?

でも、子供の飯事じゃあるまいし、素人が考えるような
訳には、いかないのかも知れない。

他の参加者の中から、「安全管理について」とかいう
質問が出ていたが、私はそんなことより
レベルの低い?「ものづくりの見せ場」を見せて欲しかった。
  
   
    

2008年08月07日

年月を経たものだけが持つ良さ.JPG

お客様の玄関庇(ひさし)は、とても心地よい
雰囲気をだしていた・・・
  
 

これだけのものは、なかなか無い。

単に古いだけじゃなく、古いからこその
良さがある。

こういうのをどっかで見たなあ~と
思い返してみると、やはりたまに泊まる
ことのある古い田舎の旅館の玄関の庇だな。

そりゃ、個人のお宅なので、旅館ほど実際立派では
ないけど、雰囲気は、十分ある。

お客様のお宅も35年程経つらしいけど、
住まいというのは、新築の時の良さもあるけど、
このように年数を重ねたときに、如何に年数なりの
美しい表情を見せてくれるか?
という事が大切なんじゃないかと、最近よく思う。

早い話が、戦後日本の住宅が1世代で新築してたのを、
これからは、一軒の家を2世代~3世代もの間、ずう~と
使用できる、そういう家づくりは、出来ないものか?

それの行き着くところは、やっぱり、「ほんもの」ということか?
  
  
    

2008年08月06日

御簾垣.JPG

近所で塀の工事をやってた。
前からあったけど、やっぱり新しい
ものは、きれい・・・
  

最近、ふと感じるのだが、「和」のアイテムが
増えた?

このお宅の竹垣は、御簾垣(みすがき)という
組み方だったと思うが、完全に「和」の雰囲気を
よく出していると思う。

玄関サッシだって、芯はアルミなのに、わざわざ
桧のシートを貼って木調に見せたりしてるのが、
人気があるみたいだ。

この間もダイレクトメールで、アルミ格子に木目を
印刷するというのがきてました。

内装工事でも、壁や天井などにクロスを貼るんだけど、
今までのような柄ではなく、何となく「和」風のような
柄を選ぶのも増えているような気もする。

以前のように、洋風一辺倒ではなく、
「和風」も増えつつあるように感じている。
  
  
    

2008年08月05日

サルスベリの花の色がちょっと濃い?.JPG

楠葉に行く時は、山手幹線(京田辺~八幡)を
いつも通る。その途中、ちょうど1号線を横切る
その辺りには・・・
  

街路樹として百日紅(サルスベリ)が、植えてある。

5月頃、通っている時はさほど気にならなかったが、
先月ごろから、チラホラと咲きだした頃から、
サルスベリだなと、認識していた。

ところが、よくよく見ると、花の色が濃いように思う。
走りながら、全体を見ると面白いことに気がついた。

この道の両側は、紅白の違う色のサルスベリが植えてあり、
紅いサルスベリの木は全体に、黒っぽく見え、
白い花のサルスベリの方はそれに比べて緑が
かなり薄いのだ。

だから、葉っぱが全く同じで花の色だけが違うんじゃなくて、
その木全体が、赤っぽいということなのだ。
白い木には、赤い色素がないのだろう。

サルスベリは、元々ピンク色の花が普通だと思う。
それに、赤い色素を増やした品種と、赤い色素を
抜いた品種を作り上げたに違いない。

何を掛け合わせて作るのか知らないが、赤と白とでは
性質がだいぶ変わっているのか、赤の方はほとんど
咲いているのに、白の方は、逆にほとんど咲いていない。

こんなしょうもないことを、考えながら車を走らせて
いるのは、私ぐらいかもね。
  
  
    

2008年08月04日

造られた都市公園.JPG

先日、この間の中央図書館に又
行ってきた。今度は、裏手にある
公園に寄ってみた・・・
  

外大を壊した跡地を公園にしたものだ。
こういう街なかの公園というのも、なかなか
いいもんだと思う。

自分自身、自然を愛する人間だと
思っていたはずだが、こうやってみると、
大木がうっそうと茂る自然もいいけど、
人が集い賑やかな造られた自然もいいかな
と、感じた。

当然ながら、人の手の入ってない本当の
自然も美しいけど、人の造ったものも
また美しいもんだ。

普段こんなところで暮らしていると、
やっぱり、人造的自然の方が、安心なのか?
その方が、気持ちが安らぐのか?
  
  
  

2008年08月03日

墓参り.JPG

今日も暑かった。
うちの家内の里の墓参りだった。
義父は10年位前になくなって・・・
  

今まで先祖の墓が、あちこちにあったけど
これを機に、一つの囲み(名前を知らない)の中に集めた。

それまでは、お寺のお坊さんにお墓の前で拝んでもらうのも、
あっちで拝み、少し移動してはこっちで拝みやっていた。

まあそれは、別に悪いことでも何でもないが、
一つにまとまる事で、見てくれが良くなったように思う。

お坊さんも暑いもんだから、お経も新幹線並みに
飛ばしたんじゃないかな?その方がこちらにとっても
ありがたい事である。

その後、お堂に上がり、またありがたい?お経を
あげてもらって帰るのである。

これも年中行事として、8月の第一日曜日が墓参りと
決まっている。年に一回のお盆の墓参りであるが、
やはり参加者はだんだんと減っていくようにみえる。

お墓に手を合わせたからといって、別に何か変わる
ものでもない。といって、しなくていいのか?
この答えは、私にはわからない。

しかし、「先祖があって自分がある。」ということを考えるに、
お盆に手を合わせることぐらいしてもいいのではないか
と、感じた。
  
  
  

2008年08月02日

難しい子どもの気持ち.JPG

電気屋さんと一緒に、分電盤の蓋を
取替に行った。
それには、いろいろあって・・・

そのお客様の息子さんが、なかなか思うように
言う事をきいてくれないらしい。音楽でも大音量で
かけるので近所迷惑になるので、ブレーカーを
切ることしか出来ないらしい。

それで、今まで鍵が付いてなかったので、鍵付きの
ふたにしてブレーカーを勝手に触れないようにする。
これが我々の仕事だ。

仕事は、簡単なのだが、息子さんのことは難しい。
お客様も悩んでおられるみたいだ。

仕事が終わって、なんとなくそんな話になった。
それで、私が嬉しかったのは、電気屋さんが
一生懸命自分自身の経験なり、育った環境などを
話してくれたことだ。まだ若い青年だが、お客様を
気遣ってよく話してくれたと思う。

どれほど、お客様にとって参考になったかどうか
分らないが、気休めくらいにはなったのだろう。
電気屋さんに感謝したい。

学校に行かなくてもいい、少々の悪いいたずらも
してもいい。それでもちゃんとこうして、りっぱに
電気工事の仕事をやっている。

彼は、私から見ても、どこの誰にも引けを取らない、
自慢できる電気屋さんだ

幸いな事に、我が家の子供たちは、何事もなく?
休まずに学校に行ってくれている。
もし、我が子がそうだったら、と考えると
ものすごく悩むことになるだろう。
  
  
  

2008年08月01日

由緒ある旧家?.JPG

最近話題に取り上げられることが多い
耐震補強のモデルがあるとか言うので
それを見学してきた・・・


確かに古い建物だ。30年以上経っていそうだ。
今、国の方でもしきりに、耐震補強をしなさいと
言っているのは、昭和56年(1981年)5月より
前に建った建物が対象だ。

だから計算してみると、現在築27年以上
経っているお宅は、耐震補強をしなくては、
危ないですよ!ということになる。

さらに言えば、昭和56年(1981年)から
平成12年(2000年)までの間に建った建物も
少し、危ない。

要するに、それ以降すなわち、平成12年(2000年)
以降に建った建物だけが、一応安心という訳だ。

なぜこのように、年代によって危険度が違うのかと
言うと、老朽化してることもあるが、それよりも以前の話で
その新築時でも危ないという事を言っているのである。

建築基準法が昭和25年に出来てから、大きな地震が
来るたびに、基準法が改正されているからだ。
昭和56年の数年前に、確か宮城県沖地震があって
それで改正され、平成12年の5年前にあの神戸の
地震があり、また改正されました。

こうやって、建築基準法自体がこれまでに3回か4回
改正されています。家は、当然その基準法にそって?
建てられていますので、今の基準から見れば、半分にも
満たないのです。

しかし、この話に落とし穴があります。
それは、国が言ってるこの数字も、全部が基準法どおりに
建てられているとしての数字なのです。

現実、最近の全棟検査になるまでは、住宅金融公庫等を
使って建てない限り、検査もろくに受けず、筋違いなども
ええかげんに、やっていました。

ですから、実際の数字はこれよりもっと低いはずです。
もっと、危険だということです。

だからぜひ、昭和56年以前のお宅は耐震診断をして、
どこを補強すれば良いのかを見極めることをお勧めします。
神戸のように潰れてほしくありません。命は、大事です!
耐震補強をすれば、効果はした分だけありますので、是非!!

まあ、難しい話は、これくらいにして、冒頭のモデルを見た
感想を一言。

よく、地方なんか観光で行くと、由緒ある旧家というか
有名人の生まれ育った生家、という雰囲気だった。
何も100年も200年も経っている訳ではないが、
展示の仕方がそのように感じたのだろう。


  

あい建築計画社長 井本 弘

アイケンホーム
あい建築計画社長

昭和31年 山口県生まれ

小学校3年生の時 大阪へ

大阪 枚方の住宅会社就職

平成2年 あい建築計画創業

平成6年 現在の地に移転

平成8年 一級建築士事務所開設

平成9年 スーパーウォール工法導入

平成11年 トステムTH大賞敢闘賞受賞

一級建築士

一級建築施工管理技士

一級土木施工管理技士

一級造園施工管理技士

二級福祉住環境コーディネーター

宅地建物取引主任者

インテリアコーディネーター

ファイナンシャルプランナー

大阪府被災建築物応急危険度判定士登録

給水装置工事主任技術者

下水道排水設備工事責任技術者

増改築相談員

NPO法人 住まいの構造改革推進協会会員

いい住まいづくり研究会代表