どうやら次元が違う
先日から工事をやっている外構工事だが、
ガレージの土間も無事に、先週
コンクリートを打つことができた・・・
後は、隣の進入路の部分に、
目隠しになるようにアルミフェンスを
取り付ける作業をする。
最近は、我々も戸惑うところがある。
それは何かと言うと、外回りを囲う外構工事として、
開放的な傾向にあるようにも見えるし、
逆に閉鎖的にも見える。
人目が気になるということは、今も昔も同じなのだろうか?
ガレージの入り口や玄関の入り口も、
門扉らしきものは何一つない。
あるのは、最小限必要な、ネームプレート、
郵便ポスト、訪問者と会話するカメラインターホンで、
そしてこれらの物が一つの柱みたいなものに、
右や左にひっ付けてあるのだ。
でも一方では、内庭と言うのかよく分からないが、
人目を避けるように、パネルを建てたり、
太い格子を壁のように並べて、やはり見えにくくしている。
ベランダもこのような傾向がみられる。
だから、明らかに人目を避けていることは確かのようだ。
「開放的」、「閉鎖的」という言葉では理解できないのか?
隣近所、又は道行く地域の人々に、家にいる自分を
見られることは、恥ずかしい事、もしくはいやな事なのか?
こうすることによって、見られてない自分を演出することが出来るのか?
わざわざ家の中にいる人に声を掛けてくる者はいないだろうから、
外を家の中のようにしようとしているからなのか?
こうやって考えてみるに、「門扉を付けない事」と、
「目隠しをする事」とは、どうやら次元が違うように思える。
難しいことは私にはよく分からないが、
人の心理が複雑になってきたという事だけは分かる。